太陽がいっぱい
物騒な世の中になったもんだ・・・
ついこの間、町田で高校生が殺されたと思ったら、今度は岐阜のパチンコ店前の殺人事件。どちらも恋愛のもつれが発端らしいが・・・。
この二つの事件、他人事だと思いたいのだが、どうもそうではないような気がする。世の中全体として、男と女が安定した関係性を保つのが難しくなってきているのではないか。
最近は芸能界ネタでも、ジェニファー・ロペスやチャーリーシーンが訴えたり訴えられたり。身近なところではだめんず・うおーかーよろしく、ダメ男にはまる女性がわんさといたり。テレビドラマだって、アリー・マイラブやセックス・アンド・ザ・シティ、ハッピーマニアなど、ヒット作の多くは、ダメ男にはまる女性の苦しい心境が描かれている。
なぜ、こんなにダメ男が多いのか・・・。
それは、男が悪いのだ!男の暴力性が、女性からすべてを奪い取るのだ。男達は、よく反省して、平和な世の中を築かなければならない!!
・・・なんて、男達を一方的に悪者にして、わかりやすい解決策を探るのもいいが、私は妄想癖があるので、ちょっと乱暴な仮説を立ててみた。
「最近の悲惨な事件は、女性たちの自立が大きな要因となっている!!」
その理由は以下に述べるが、ハッキリ言ってものすごく荒唐無稽なので、単なる漫画家の妄想として読んでいただきたい。
西洋科学が浸透しきってしまった今の世の中、どうしても「正・悪」の基準ですべてを計ろうとしてしまう癖が、私たちのアタマの中に染みついている。でも、恋愛とか、セックスとか、出産とか、死とか生とか、そういう命や心のぎりぎりのやりとりというのは、正しいとか悪いとかいう判断基準ではとてもはかれない。「正・悪」ではなく、「陰・陽」の基準ではかった方が、現実をより忠実にとらえることができると思う。
陰・陽ってなに・・・といわれると、どうも説明しずらいんだけど。例えば太陽が陽とすれば月が陰。夏が陽とすれば冬が陰。男が陽で女が陰。大人が陽で子供が陰。仕事が陽で家事が陰・・・てな具合に、世の中すべては陰・陽で構成されている、というのが陰陽五行説の考え方なんだな。要するに、「なんとなく活動的」なものは陽で、「なんとなくおとなしい」ものは陰、というふうに考えれば大方があっている。
で、男と女が惹かれあうように、陰と陽はお互いに引き合う性質を持っている。そして、陰と陽は二つでワンセットであり、陰だけ、陽だけ、という存在のしかたはあり得ない。陰があるから陽があり、陽があるから陰がある、という考え方をする。
だから、どんな事態であれ、「相手が必要としなければ存在しない」ものなのだ。暴力も、病気も、戦争ですら、「誰かが求めていたから」起こるもの、という考え方なのである。(諸説あります。反論もあるかと思います)
今、男が陽で、女が陰、と書いたが。
・・・・今の世の中、果たして、女は「陰」の存在だろうか?
映画にショッピングに海外旅行。大学進学に社会進出に自己実現。「陽」の存在が世の中にたくさんありすぎて、今の女性は、男以上に「陽」化しているのではないかと思うのだ。
しかし。先ほど書いたように、セックスや恋愛、出産に関しては、やはり女は「陰」でいなければならない宿命を背負っている。アタマばかりが陽化したからといって、体は紛れもない女、すなわち「陰」なのだから。
アタマが「陽」化した女性が、恋愛の時だけは「陰」に立ち返らなければならない。たとえて言えば、太陽系に輝く太陽が、恋愛の時は月にならなくちゃならない、ということ。
そうなると、普通の男では、ダメなのである。普通の男=普通の「陽」では、陽と陽がぶつかってしまい、引き合わない。太陽系に、太陽は二ついらないのである。
では、どうすれば「太陽な女」が月になれるのか?方法はただひとつ、「太陽より100倍でかい恒星に出会うこと」なのである。そういう存在を、「極陽」と呼ぶことにする。
陰・陽は相対論である。陽化したものでも、極陽に出会うことによって、陰の存在になれるのだ。
晴れて、太陽な女性は、百倍デカイ恒星に出会えて、月と化し、二人は結ばれて、仲良くくらしましたとさ。めでたしめでたし・・・・。
なんてことには、ならないのである。
「極陽」なんて言うと聞こえはいいけど、食べ物で言えばトウガラシのカタマリをそのまま食べるようなものである。非常にバランスの悪い存在なのだ。人間一人の器に抱えられるような要素ではない。もし、無理に抱え込めば、荷が重すぎて、キレたり暴力をふるったりするようになる。
この太陽系では、「極陽」という要素は存在できないものなのだ。だって、太陽系に百倍デカイ恒星なんて、入ってこられたら大変じゃないか。一瞬にして、私たちみんな燃え尽きてしまうよ。
その事実がわからない、器の小さい男ほど、簡単にアタマの中を極陽化する傾向にあるのだ。そして、社会との不適応者になっていく。暴力をふるったり、女に金をせびったり、夢やロマンを追い求めて次から次へと女を変えたり・・・例に言う、「ダメ男」というヤツである。
そんなダメ男に、今の多くの女が、ハマっているのだ。
極陽な彼らは、陽化した女の価値観をすべて壊してしまうパワーを持っている。陽の価値観を壊された女達は、本来の陰性に立ち返り、彼らを愛し始めるのである。こうして、ダメ男にハマる女が増えていく。
その関係が、「いやよいやよも好きのうち・・・」くらいのレベルであれば、笑い話で済むだろう。しかし、基本的には極陽の彼らである。彼らの持つ暴力性は日に日にエスカレートし、女からすべてを奪い尽くすのだ。
それは、彼らのせいだけではない。彼らの極陽性は、それを求める女がいるからこそ、存在するのである。今の陽化した女性が、陰に帰りたくなったとき、彼らの存在が不可欠なのだ。
昔は、女性が「陰」の役割を担っていた。何事も控えめに、三歩さがって、表に出ず、自らを輝かせることもなく、男に尽くす、そういう女性が普通だった。そういう女性なら、普通のまともな「陽」男と、恋愛し、結婚して子供を産み育てることができる。陰の女性にとって、「極陽」な男達は必要ない。必要なければ、男達は永遠に、極陽な部分を封じ込めたままで人生を終えることができただろう。
でも、これからはそうはいかない。今の女性は「陽」なのである。女性の陽化は、これからもすすむだろう。そして、それと比例して、「極陽」な男達は、求められていくだろう。とすれば、悲惨な犯罪は、ますます増えていくのではないか。
・・・以上、漫画家のSFもどきな妄想はここで終わるが、もしこれらをネタにストーリーを描くなら、最終話はどうなるのかな、なんて思うのである。ハッピーエンドなんてあり得るんだろうか?解決策はあるのか、この話。
陽化する女性が悪いとは思わない。私だって思いっきり陽化してると思うしな・・・だって、陰でいるのは辛いからね。だれだって、光り輝きたいのだから。
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