DEATH NOTE
アシさんから借りた「デスノート」を読んだ。
死神のノート「DEATH NOTE」に名前を書いたら、その人物を死なせることができるというお話。主人公の秀才少年、月(ライト)君がそのノートを拾った日から、世界は大きく変わっていく。「世の中をよくするため」ライト君はノートを使って次々と悪者を殺していくのだが、それを阻止する警察、L(エル)と呼ばれる参謀との激しい頭脳合戦が面白く描かれている。
今日、太極拳教室で、その話題が出た。
「俺がデスノート持ってたらな~。」
「いや、オマエには持たせられない」
「絶対世の中よくしてやるよ。●ッシュとかラ●ズフェルドとか、名前書いてやったら、平和になるぜ」
「そうそう」
「・・・将軍様は?」(←私)
「・・・いや、将軍様はまだ生きててもいいんじゃないの」
「そうだよ、ヤツが悪役を一手に引き受けてるんだよ」
・・・それもそうかも。
世界共通の悪役がいないと、かえって争いが増えるかも。
意外に、将軍様は世の中のためになっているらしい(笑)。
それはさておき、この漫画、面白いです。まあ、5巻くらいから、なんだかセリフが多すぎてわけわかんなくなるんだけど。絵がすばらしくうまいので、それとライト君があまりにもカッコいいので(笑)、なんとか読めた。
ライト君は、「キラ」と呼ばれ、警察側の「エル」という存在と対決するわけだけど、これってとっても現代的だと思った。
「実名のない戦い。」
ライト君の存在は「キラ」と呼ばれ、世界中におそれられ、同時に信奉もされている。当然、ライト君=「キラ」は、自分の名前など明かせない。捕まってしまうからね。そして、「キラ」を追う存在である、「エル」も、名前を明かすことはできない。名前を知られてしまうと、「キラ」によって、デスノートに名前を書かれてしまい、殺されてしまうからだ。
「キラ」も「エル」も実名ではない・・・いわば「虚名」である。虚名の名において、二人は戦っているのだ。
これって、インターネットの世界そのものじゃ~ないの。
宮崎アニメでは、「ハウルの動く城」で、ハウルは色んな名前を使っていたし、「千と千尋の神隠し」では、千尋は名前を取り上げられてしまう、というエピソードがあった。
今の時代は、「名前」というモノの意味が、大きく変化しているのかもしれない。天才クリエーター達は、いち早くそれを感じ取り、こうして作品に投影しているのだろう。
インターネットの世界は、これからどんどん浸透していくだろう。それと同時に、「名前」というものが、個人そのものにつけられるものではなく、個人を超えたところにつけれれるようになっていくのではないか。
・・・そのうち、各国の首脳陣が本名を名乗らなくなるような時代が来たらどうしよう・・・。
将軍様は「ゴールド」とか、●ッシュ大統領は「ビー」とか名乗って、インターネットを通じて二人の攻防が始まる。その戦いは、あまりにも実態がなく、あまりにも虚構であるがため、永遠に終わることはない。
終わるとしたら、ミサイルや核が投下された時である。
実態あるものはミサイルだけだった・・・。なんて、冗談にもならない結末だ。
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